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『つくられた心 Artificial soul』佐藤まどか

つくられた心 (teens’best selection)

つくられた心 (teens’best selection)

 イタリア語の翻訳も多く手がけている、イタリア在住の作家 佐藤まどかさんのYA(ヤングアダルト)小説。
 政府の理想教育としてある学校のクラスに1人、どこからどう見てもどう接しても人間にしか見えないアンドロイドをクラスメイトとして在籍させるという衝撃的な実験をテーマにしている。ガードロイドとよばれるこのアンドロイドは、「感情としての心、思考としての心、精神としての心、これらすべてを持ち合わせております。ただし、本物の魂が宿っているわけではありません。あくまでも『つくられた心』です」だという。
 小学校から高校までの一貫教育にくわえ、スーパーセキュリティーシステム、そして生徒の立場で見ることが出来るガードロイドを配する、完璧な理想教育モデル校での生徒の日常や心理状態を描いている。このモデル校では、カンニングもいじめも校内暴力も、パワハラやセクハラもすべてなくなると見込まれている。成功した暁には、多くの学校や社会でガードロイドが活躍して安心安全な社会がおとずれるのだ。
 既に街のレストランなどでは、サービスロイドという働くアンドロイドが活躍していて、もう人間はサービス業には従事していない。「スマホってなんだっけ?」「あー、うちのおばあちゃんが使ってる長方形のやつだ」という生徒同士の会話もあるように近未来の時代背景となっている。スマホにとってかわりウェアラブルデバイス(通称ウェデ)というものが使われている。
 このモデル校を推進している政府の理想教育委員会によると、これらのセキュリティーは、懸念されるような〈監視カメラ〉〈盗聴器〉〈スパイ〉ではなく、あくまでも〈防犯カメラ〉〈防犯用集音マイク〉〈見守り係〉だという。そして、だれがアンドロイドなのかは生徒にはもちろん、教師達にも知らされることはなく、それを探ることは禁止されている。もし、探っているのが、カメラや集音マイクから見破られてしまうと、イエローカードを受け、積み重なると退学させられてしまうのだ。
 すべてに無駄を省き完璧な計画にそって、効率重視で学校の日常がコントロールされている。そのため入学初日の午前中からいきなり授業に入る。「効率化のため、みなさんの脳がよく働く午前中は普通授業にし、昼休みのあとに、自己紹介や係員の選出をします」という徹底ぶりなのだ。
 そんな学校生活の中で、やっぱり気になる誰がガードロイドなのかを生徒達が探っていくにつれて、友達を信用できなくなったり、そのことを悲しんだり、どんどん疑心暗鬼になっていく。若い彼らの心を揺さぶる心理戦が展開していく。彼/彼女は、みんなと違う雰囲気を持っているとか、強い身体能力があると、変じゃないか? ガードロイドなのか? と疑惑が生まれていく。違いがあったら悪いのか?違いを探してどうしたいのか?本物の人間? 偽物? そんなことを考えてばかりの自分の心がむなしくなっていく。
 そしてもし友達が人間ではなくガードロイドだったら? だまされていると言うことなのか? 本当の友達ではないのだろうか? それなら、本当の友達ってなんだろうか?

 ミステリー調に軽快に進んでいく展開は、どんどん引き込まれて微妙なテーマに向き合い考えさせられる。実際、このようなアンドロイドと暮らす日はそんなに遠い未来ではない。読み終わると心の準備が出来るかもしれない。


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 Twitterで知ることが出来たこのYA小説ですが、とても興味深いテーマで、有意義な読書でした。是非、多くの若者に読んでもらいたいし、大人にはあまり読む機会がないように思えるYA小説も実は、微妙なテーマにシンプルに入りやすいと改めて思いました。

 余談になりますが、興味をひかれた表現を紹介したいと思います。
 自分のことを指すとき「わたしのこと?」「オレ?」と自分の鼻を指した、という表現が出てきます。文中のように、日本では大抵人差し指で自分の鼻を指しますが、欧米ではこういう場合グーの形にして親指をたてて自分の胸を指します。イタリア在住の作者はその違いをあえて「自分の鼻を指した」と表現をして、日本語で描かれた小説の中でその仕草を書き留めておきたかったのだろうなと思いました。+αの読書の楽しみ方でした。