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『おばあちゃん、青い自転車で世界に出逢う』ガブリ・ローデナス/訳:宮﨑真紀

 冒頭、こうはじめる。

『幸せな子供時代を過ごし、これといってトラウマもなければ、さいわい重い病にもかかったこともなく、なに不自由のない人生だったと思うのに、ときどきふと、なにかが間違っているような気がする人へ。胸に巣食う悲しみの原因をさがして、つい何度も後ろを振り返ってしまう人へ。』

 びっくりした。まったくもって、私に話かけられたのかと思った。だからきっと、私だけでなく、自分へのメッセージかと思う人は結構多いのかもしれない。一見、問題なく幸せそうに暮らしている私たちにだって、それぞれ簡単には解決できない悩みのひとつやふたつはあるのだから。


 御年90歳のマルおばあちゃんが、ひとりで自転車をこいでメキシコのオアハカという町からベラクルスという町まで旅するおはなし。ベラクルスにいるらしい、まだあったことのない孫に会いに行くのがマルおばあちゃんの目的。誰かに連れて行ってもらったのではダメで、ひとりでやり遂げるべきだという信念があった。自分の人生の環(わ)を、自分で閉じなければならないと。
 この環(わ)とマルというおばあちゃんの名前は、日本人だったらきっと関係があると思ってしまうだろう。翻訳者さんもあとがきに書いているけど、そう思って作者ご本人に尋ねたのだという。でもそれは、マリア・エウヘニアの愛称とのことで、まったくの偶然らしい。
(原書でスペイン語圏の人が読むよりも、もしかしたら、日本人が楽しめる物語かもしれない(笑))

 マルおばあちゃんは旅の途中、老若男女何人もの悩める人々に出逢う。それまで見ず知らずの者同士が話をすることで、お互いの助言となっていき、新しい歯車が動き出す。そうやって人々は困難を抱えていても、突破口はやっぱり人とのつながりから生まれる。 
 情報過多の現代社会において、自分の心の声に従って生きることは結構難しい。善な導きもあれば、悪につながってしまうこともある。いろんな落とし穴だってある。自分の目的にむかって簡単にまっすぐに生きられるわけではない。はたと振り返って、違った! と思うことはよくあることだろう。
 でも、どうにかしたくなった時、いつだって何よりもまず、自分から一歩を踏み出す必要があるのだ。その勇気を、鼓舞するでもなく、やさしくなげかけてくれるおはなし。
 
 物語の重要な小道具のひとつにアルファホールというお菓子がでてくる。甘いお菓子は、子供だけでなく大人にも、やんわりと心をほどいてくれる力がある。私は実物がどんなお菓子か知らないのだけど、おいしそうなのよね。食べてみたいなあ。特にマルおばあちゃんの「チリ風」アルファホールを。

 パオロ・コエーリョの小説のようなスピリチュアルな雰囲気を持ちながら、マルおばあちゃんの人柄なのか、優しく親しみの持てる雰囲気の漂う物語。笑えるところも多くて、いろんな人にオススメしたい一冊です。



 私が個人的に、この本にものすごく思いいれをした理由がほかにもある。
 冒頭の言葉で驚いたのもそうなのだが、私のニックネームはマルなのだ。そして、この本に出合ったのは、別の青い自転車をめぐるおはなしを読んでいた時に出合った本で、また? と思いながら手に取った。自転車といえば、私は一昨年、BRUNOのターコイスブルーの自転車を買う予定だった!(結局、1年型落ちの、わたしらしくもない桜色を買ったのだけど、あの時あれを買っていたら、なにかがかわっていたのだろうか?)さらに、作者が「おわりに」のページで書いている最後は『さあ、遊ぼう。』で締めくくられる。私は簡単に解決しない問題に悩むと、結局は「まあいい。とりあえず遊ぼう」ということばに落ち着くのだ。怖いくらい、そんないくつもの偶然が重なるこの小説、私にはとても大事な一冊となりました。