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『ペンギンの憂鬱』アンドレイ・クルコフ

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)

 アンドレイ・クルコフはウクライナの作家である。言語はロシア語。

《夜のキッチン。真っ暗だ。ただの停電だろう。暗闇の中でペンギンのミーシャがのんびり歩きまわる足音がする。ー(中略)ーヴィクトルは孤独だったけれど、ペンギンのミーシャがそこへさらに孤独を持ち込んだので、今では孤独がふたつ補いあって、友情というより互いを頼りあう感じになっている。》

 主人公のヴィクトルは、ガールフレンドと別れたばかり。経営できなくなった動物園から皇帝ペンギンを譲り受けて一緒にアパートで暮らしている。
 ジャーナリズムとしがない小説の間をうろうろしている物書きだったヴィクトルは書き上げた原稿を持って出版社を回っていたが、うまくいかない。そんなある日、極秘の仕事という追悼記事を書く仕事を任されることになった。まだ生きている著名人たちの追悼記事で、それは〈十字架〉と呼ばれていた。
 外では銃声が鳴り響いたりする日常。

 この本が出版されたのは1996年。ウクライナは1991年のソ連崩壊に伴い独立した国家になったという背景があるのだが、ソ連・ロシア・ウクライナといっても私にはなじみがなくて、ロシア語の小説にも不慣れで、様子がつかめないこともあるからか、楽しい話なのかミステリーなのかちょっと見当がつきかねるかわった雰囲気を持つ小説だ。
 作者アンドレイ・クルコフはこの小説で世界中で人気を博して、20か国語に翻訳されているのだそうだ。ミステリーやサスペンス的な雰囲気を持ちながら、重要な登場人物(?)であるペンギンがコミカルな雰囲気を醸し出していてなんとも不思議な魅力のある作品だ。

 主人公ヴィクトルが家に帰れば、ペンギンのミーシャはおかえり!とばかりによって来るし、「ミーシャ、ごはんだよ」と呼べばペタペタとやってくるし、ときには人恋しいかのようにヴィクトルに体をピッタリくっつけてきたりして、めちゃくちゃ愛おしいキャラクターなのだ。

 ヴィクトルが仕事のために2,3日家を空けなければならなくなったとき、ペンギンのミーシャを誰に預けようと考え(ヴィクトルには親しい友達がいないのだ)、近所の交番に電話して警官に事情を話し、鍵を渡してミーシャにご飯をあげてほしいと頼んだりする。警官とはいえそれまで会ったことも人にいきなり家の鍵を渡して、しかもその依頼がペンギンの世話……そして、「任せてください」と自信たっぷりに言う警官セルゲイ。たぶんウクライナでもこれは不思議な設定なんだろうな?もしかして笑うところ?と思いながらも、様子も文化的背景も全く知らない私としては、奇妙な印象を持ちながら「どうなるの?」と未知の世界へのわくわく感的な感じで読み進めさせられてしまう。その後ヴィクトルとセルゲイは仲良くなり、氷が張った池で釣りをしたりして楽しむ二人とペンギンという構図も最高だ。

 また、ミーシャという名の別の男性が登場するが、その彼のことを〈ペンギンじゃないミーシャ〉と呼んで区別しているのもおかしい。その〈ペンギンじゃないミーシャ〉が娘のソーニャをヴィクトルに預けるのだが、彼は死んでしまうので、ヴィクトルはソーニャとペンギンのミーシャと暮らしていくことになる。ソーニャとミーシャはとても仲良くなりいい関係がきずかれていく。のちに、ソーニャの家政婦的な存在としてセルゲイの姪のニーナが加わり、一見普通の家族のような形が出来上がるのだが、そこには愛情はなく、どんなときにも一番大事なのはヴィクトルにとってはペンギンのミーシャなのだ。

 ある時、ヴィクトルはミーシャを譲り受けた元動物園のペンギン飼育人を訪ねていく。動物学者というよりペンギン学者だというこれまた孤独な老人ピドパーリィによると、ミーシャは憂鬱症だというのだ。一番の解決方法は生まれた南極に返してあげることだという。
 この孤独な老人は家族も友人もいなく、のちに亡くなる直前には、人生の最後にほんの数回しか会わなかったヴィクトルに心を許す。ペンギンを愛する者同士通じるものがあるのだ。墓地へ埋葬する際にヴィクトルはペンギンのミーシャと一緒に立ち会った。

 そののちヴィクトルは、自分が〈十字架〉に書いた人物の葬式に出席することになった。ミーシャも一緒に出席するように言われたが、断ると、謝礼を出すといわれる。その金額は自分が書く〈十字架〉の原稿料より高いのだった。

 編集部からのリストによって書いている〈十字架〉ではあったが、書かれた人物が次々に死んでいく。〈十字架〉の背景にあるものはなんなのか、偽の家族は続くのか、また、これは続けていくべきことなのか?
 何人もの死者が出るが、暗いというよりひんやりした感じがするこの小説に、ペンギンの登場はバッチリハマったのだろう。ほかにも最後までいくつもの謎に満ちたエピソードが満載で、テンポもよく、ペンギンが可愛くてたまらない非常に魅力的なこの小説。オススメの一冊です。