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ぼくが、きみを、しってる——おかざき真里『阿・吽』11巻

阿・吽 (11) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

阿・吽 (11) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

オススメがマンガなのが店長の偏った趣味を類推させますが、このマンガは普段あまりマンガを読まない人にも是非ともオススメしたいマンガ。特に歴史や宗教に興味がある人には必読の書です。
「阿吽」とはもともとサンスクリット語で物事の始まりから終わりまでを意味する二文字。
そこから「阿吽の呼吸」「阿吽の仲」など、2人の人物が息まで合わせるようにわかりあい、共に行動していることを指すようになった。
この作品の主人公はのちに弘法大師と呼ばれるようになる若き僧侶空海だが、その最高のライバルであり同志であるともいえる、のちに伝教大師と呼ばれるようになる最澄の人生と対比するように描かれている。それはまるで遺伝子が対称的に伸びていくさまにも似て、つかず離れず、さまざまな歴史上の人物と交わりながら、2人は共に高みをめざしていく。
作者は『サプリ』『かしましめし』などのヒット作でもしられるおかざき真里。繊細な心の機微と小さな棘のように残る違和感への丁寧な描写でしられ、女性やゲイの男性など、マジョリティや同調圧力におしつぶされそうになる弱者の哀しみを救うように掬ってくれる作家のひとりである。
これまで、年も、生まれた環境も、考え方もまったく違う空海と最澄の人生がかすかにすれ違うが交わらないさまが10巻にわたってえがかれてきたが、10巻の最後は、密教の教えを身につけるため、最澄が年下の空海に頭をさげるところで終わった。ついに2人の天才がより深い関係を結び、交流が始まる。それはこれまで対等に話せる者がほぼいなかった
2人が、初めて得た友として並び立つ奇跡のような交わりが美しいが、既にそのほころびが見え始めているのが、とてもさびしく、哀しく迫ってくる。
覇気が強すぎて他の者たちを圧倒してしまう空海と、すべての者を救おうとするやさしすぎる最澄はほかのだれもがたどり着けない境地に至り、理解を深め合うが、すでに最澄には長い人生は残されていないことが明示される。おそらくこの作品のテーマは「他者とはわかりあえない」「わかりあえたとしてもそれは一瞬のことで永遠にはならない」という哀しい結論なのではないかと思うことがある。それくらい2人は絶望的に重ならない。
2人がどうなるかは、おそらく史実で知られているとおりになるのだろうが、その事件がどのようにしてこの作品の2人に襲いかかるのかがまだまだわからず、楽しみでもあり、怖くもある。小説のように読み手の想像力にまかすのでなく、作者によって描かれる2人の精神世界の風景はおぞましくもあり、大変美しくもあるのがマンガという表現方法の幅広さ、力強さを感じさせる。
2人が、ひいては日本の仏教界がどのように変わり、どのように成り立っていくのか、目が離せない。