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『きらめく共和国』アンドレス・バルバ/訳:宇野和美

きらめく共和国

きらめく共和国

 たのしそうな印象のタイトルとカラフルでかわいらしい表紙の絵から、YA小説だと思って手に取った。「奇妙な子どもたちは、盗み、襲い、そして32人が、一斉に死んだ。」という帯にある言葉からも、なんとなく、軽快なテンポで笑いありの小説を想像したのだ。
 しかし、全然違った。
 優しい風貌からは想像だにしなかった、結構重く複雑な内容で、1994年に起きた事件を、22年後の現在に記録などを用いて紐解いていく形式で描かれている。事件の概要は一気に語られて(既に、本の帯にすら32人の子供は死んでしまっていることが記されているのだから)いるようで、謎だらけのこの事件の詳細はよくわかっていない。だから、当時の新聞記事や、事件後につくられた番組や、関係者の証言などを交え、市役所の社会福祉課に勤める主人公が体験したことを描いていく。それは、日付や新聞社やTV番組名、パーソナリティーやジャーナリストの名前、学者や専門家とされる人たちの名前、証言などが詳細で、まるでドキュメンタリー小説かと思うほどで、混乱の中に巻き込まれていく感覚でおもしろい。

 32人の子供たちが、スーパー〈ダコタ〉を襲撃して2人の死者が出た。そこから始まった事件と思われているが、実はその前にいろんな前触れがあった。遡ること数ヶ月、何月何日にもこんなことが……と日付もしっかり示されて、思い返すとこんなことがあったというような様子が描かれる。話は前に飛んだり、この物語を語っている22年後の現代にもどったりして、読者は振り回される。その32人の子どもたちは、ボサボサ頭で身なりが汚く、ジャングルで暮らしていたと思われ、訳のわからない言葉を話す子どもたちだ。その言語は何なのか? その子どもたちはどこから来たのか? そしてその全員が9歳から13歳までの子どもだったのはなぜなのか? それは今でも謎であると、冒頭で語られてしまっている。それなのに、ポツポツと詳細が語られるので、その事件は何なのか、背景には何があるのかを知りたくなるその感じは、記事を追うたびに明らかになっていく今起きた事件のようなリアル感がある。
 冒頭で語られるもうひとつの謎は、妻と娘も今では亡くなっているらしいということだ。主人公は、結婚したばかりで、原住民の血を引くミステリアスな風貌をしたバイオリン奏者である妻マヤとその9歳の娘ニーニャとサンクリストバルで暮らし始めることになった。その新しい町に移動する途中で車で引きそうになった犬(モイラと名付け、22年後の今も老犬になって一緒に暮らしているという)が元気になって「予想に反して、モイラは家族の半分を見送った」というのだ。
 いくつもの謎を示され、でも、謎は謎のままとして残ると記されているのにもかかわらず、謎を追いたくてグングン引き込まれていってしまう。

 アマゾンを想像させる熱帯雨林のジャングルがすぐそばにありながら、それを未知の領域と見なしている、現代生活の中心部サンクリストバルという架空の町が舞台である。32人の子どもたちを奇妙な存在としていながらも、はじめはどこかかけ離れた子どもたちと見なしていた町の大人たちだったが、自分たちの子どもが何人か失踪して騒ぎがまた大きくなる。違う言葉を話す例の子どもたちとどういうわけか町の子どもたちはコミュニケーションがとれるのか、またはテレパシーで誘われているのか、何人かが「友達に会う」と失踪していった。また、その子どもたちの中の一人に恋する少女まで現れ、その少女の日記に路上の子どもたちの様子が頻繁に書き残されている。
 
 ある日、主人公である私のところに男が訪ねてきて、ニーニャの実父だという。(実は母と同じくマヤという名前だがニーニャと呼んでいる。スペイン語で「少女」の意味。呼びかけとしてもよく使われる)TV報道でみた32人の中に自分の息子がいるというのだ。つまり、ニーニャにとっては兄である。いよいよ、警察だけに任せずに市民も一緒になってジャングルの中を大捜索することになったのだが……

 現代社会における先住民の立場、ストリートチルドレンや暴力の問題などを扱っていて、またそれを報道するTV番組や新聞報道の適当さ加減など、インターネットもSNSもなかった時代の事件を今、記録などを照らし合わせて改めて検証しているという、一風変わった形また複雑な構成のフィクションである。
一筋縄ではいかないこの不思議な魅力を持った『きらめく共和国』おすすめです。