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『ハンカチの上の花畑』安房直子

こんにちは。
私は安房直子さんの『ハンカチの上の花畑』について、少し書いてみたいと思います。

発酵の働きが、小人に置き換えられていたり、欲望が徐々に膨らみを増す、100ページ強の簡潔なファンタジーでありながら、人間の本質へ向かって語りかけてくるようなリアリティがあり、「童話」形式でつづられているので、文字を読む楽しさを知り始めた子供から、本を読んでとせがまれる大人、そして社会人としてくたびれた心を休ませ、新たなものを考えさせるきっかけを生み出す魅力的な物語です。

現在は、人が集うことに制約のある日常で、人類的な病魔を解明するための研究がなされる最中ですが、読書という多様な個人体験を通し、それをまず声や形にしてみて、さらにあきらめることなく「共有」する方法をさがしていると、まるで このお話に出てくる
「まずはハンカチを広げ、言葉をなげると、そこが(不思議な)世界の始まりになる」といった具合に、より「現実世界での喜びとファンタジーから得る冒険との距離」が近づいていく」ように感じられていきます。
私には、人の数だけの物語を、紐解くきっかけになったのが、このファンタジーです。
このお話には「菊の花で作るお酒」が出てくるので、ちょっと脱線してお酒の「発酵」について調べておりましたら、印象的な一文に出会いました。
「発酵と腐敗の違いとは、人間にとって 有害か、無害か、というだけでしか区別は、ない」
というものでした。
また音波とお酒についての関係を調べ始めると、「海の底でお酒を熟成させる実験をしていて、海の振動がどうも影響しているらしいが、よくわかっていない」といった面白いトピックも見つけました。
お酒がおいしくなる、ならない、については未だに、完全には解明されておらず、
「未知の働き」によるものなのだ、としみじみと感じました。
この「未知の働きへの好奇心」が軸となり物語が展開していきますが、
この好奇心への忠実さが、大変に愉快で、ひきこまれるな~と思います。

物語中には、主人公には「一見して選択肢や分岐点」があるように見えます。
ですが、「人間の欲求」に基づいて考えると、それは意外にも、その余地が、ないのではないか、と思うに至りました。
これは例えば 「マズローの欲求5段階説」に重ねてみても、面白いのではないか、と思います。(アブラハム・マズローは「人間は自己実現に向かってたえず成長する」と唱えたアメリカ合衆国の心理学者です。1908~1970)
この「欲求からみると選択の余地がない」という視点はまるで「上手な手品を見ているような気持ち」と重なってきます。

目を皿のようにして見ていても、まんまと仕掛けを見落として、気が付けばシルクハットから鳩は飛び出し飛んでいき、驚かされたことに感嘆の声をあげるのです。
この驚きがあることで、感動が生まれ、この感動を通じて、その世界と、「共鳴」するのです……。
「シルクハット」という「閉じたところ」から「外へ飛び出す鳩」のように
物語の中の印象深い小道具も魅力の一つに感じます。
お話には「古めかしい壺」から「溢れ出す魅惑の液体」 繰り返し登場します。
この錬金術的場面は大変にエモーショナルな光景だと思います。

この物語によって私は自分が「内側」にいるのか「外側」にいるのか、「どこにいるのか」「どこにいないのか」「どんなサイズなのか」「何によって動かされているのか」について思いを巡らせたり、意識することになり驚きと感動を体感するのです。

さて、私のことを少しお話したいと思います。
私は常日頃、「ダンスのスタジオ」と「小さな雑貨店」を運営しております。
2つに共通するのは 「元は空っぽの空間のみ」だということです。
「ダンスのスタジオ」は、利用する人の「何事かを成し遂げたい」という志を信じて、集中しやすいようにしつらえを清めることで、背中を押す役割を担います。

また「雑貨店」の方では、企画展において安房直子さんの物語を基にした作品が、
作家さんの、頭、こころ、手、身体を通してあふれてくるのを受け止めて、皆様へご紹介しています。
それは飛び出してきた鳩のように温かく、翼を振るわせているのです。
足首にはあなたの心に寄せた小さな手紙をつけているかもしれません。
それは物語に登場するお酒——夢のような色とりどりに咲く、菊の花を摘んでできる甘美な飲み物かもしれません。
内側から見えない小人たちとともに、あなたへ新たな物語の味わいを形にして、感動を通じて世界を共有する喜びを見せてくれるでしょう。
今年も、その喜びを、味わえたらいいなと思います。
新年あらたに、新しいハンカチを広げられたらいいなと思います。

(こちらの文章は安房直子記念会ライラック通りの会2022年1月文庫の会「私の紹介したい安房作品」をテーマにした口頭で発表した内容に加筆いたしました)