みんなde読書

慶河堂の読書感想ブログプロジェクト【みんなde読書】のサイトです。

『キャンバス』サンティアゴ・パハーレス

『キャンバス』サンティアゴ・パハーレス/訳:木村榮一

キャンバス

キャンバス

 木村榮一さんの翻訳とあとがきや解説がすごく好きで、翻訳者さんで読む本を選んでいたときに出会ったこの本『キャンバス』。1979年生まれのサンティアゴ・パハーレスは、25歳で『螺旋』という小説でデビューしている。グイグイ引き込まれるストーリーテラーで一気に読めてしまう。なんか映画を見ているように映像が浮かんでくる小説だと思う。
 
 私がスペイン語の本をあさるように読み始めた4,5年前は、ラテン文学、スペイン語圏文学を全体に知りたいなという思いもあって有名どころから読み始めたのでガルシア・マルケス、バルガス・リョサ、フリオ・コルタサルなどから読み始め、すごく好きになったフリオ・リャマサーレス、イザベル・アジェンデなどを読んだ。面白いんだけどなんとなく歴史を読んでるというか、すでに誰もが知っている有名作品で知識をつけたいから一生懸命読んでいるようなところも正直言ってあった。
だけど、この小説は何かが全然違って、色がクリアというか、なんか無機質というか、現代っぽい色のような気がした。内容的には、結構つよい家族愛が描かれているんだけれど、伝統的な家族愛ではなく現代の家族を描いてると思った。登場人物のひとりベニートも、ぼろを着ているとは言ってもやはり現代風な雰囲気を醸し出している気がしたのは、作家であるサンティアゴ・パハーレスが若い作家だからだろうか?今回再読して前回よりゆったり読めた印象だったけど、やっぱりグイグイと引き込まれていくところは全く同じだった。ややエンタメ的ということなのかもしれない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 歴史に残る画家エルネスト・スーニガを父に持つフアンは、子供の頃から父の絵を間近に見て育ち自分もいつかは画家になるつもりで絵を描いていたが、ほかの多くの画家志望の学生と同じように、自分の父ほどの画才がないことを確信するにいたり美術史の学士号をとり、そして父の世襲財産の総合管理人となった。

 あるとき、巨匠エルネストはそれまで嫌悪していた競売に何点か自分の作品を出すと言い出した。フアンにはあまりに唐突に思えたが、さらに驚いたことに、それらの作品の中には代表作である『灰色の灰』が含まれていた。それは、ピカソで言うところの『ゲルニカ』、またはダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、あるいはムンクの『叫び』に匹敵するほどのものだという。ただし、その競売に出すのには父なりの条件があり、世界的に有名なその代表作はどこかの美術館が競り落とすようにしてほしいというものだった。その条件をのんだクリスティーズの代理人ジュリア・ワトソンが各方面に調整を重ねた末に画家の思うとおりの展開で競売を終了した。
 そのお披露目のパーティーが落札したプラド美術館で行われたその場に、渋々ながら巨匠エルネスト・スーニガ本人も出席した。しかし、除幕式で幕が取り払われ、絵が現れた途端にエルネストは固まってしまった。そして、体調不良を理由にその場を後にした。
 その後、フアンに「あの絵には欠陥がある。修正しなきゃならん」と言う。それが出来ないのなら「あの絵を盗め」と言い出した。

 あり得ない展開に頭が混乱するフアン。それでも、父の気持ちを理解できる人は自分しかいないのだと、常に父エルネストの理解者であろうとする。しかし、常識では理解できない行動をしばしばとる父とフアンの妻エレーナは折りがあわないし、日常は銀行員としての仕事もあり、ますます気持ちが混乱していく。

 子供の頃から、父子の間をうまく取り持っていた母は、もう何年も前になくなっている。
父の唯一の友達はかつて父が画学生だった頃の師匠であったベニートだ。今でも毎週水曜日にあっているという。
 ベニートはその昔、エルネストを画学生の一人として指導した際に、ほかの生徒の前でエルネストだけはいずれ大画家になる天才だと評した。そして自分は、天才を前にしてかなわないという思いをもち、贋作師となり金を稼いでいた時期もあるらしい。


 この本の冒頭はその絵が描かれた30年前、フアンが子供の頃に、自宅の庭にあるガラス張りのアトリエで父がその絵が描き終えた瞬間に立ち会った母とフアンの場面から始まる。『灰色の灰』に秘められた自分たち家族の絆とは?

 世の常識を重んじる妻エレーナと、天才芸術家の父との板挟みになりながらも、エレーナに隠し事はしたくないと思うフアン。父の理解者であろうとすればするほど、エレーナとの関係に亀裂が生じていく。父母と自分、または妻と自分、どちらの家族もかけがえのないものではあるのだが、家族とはいったいなんなのだろうか? 父がホントに頼りにしているのは唯一の友達のベニートなのだろうか?
 
 ある日、父の家を訪ねた際に、父とベニートともう一人の見知らぬ男がいた。ビクトル・オセンダという。彼らは、既にプラド美術館の所蔵になってしまった『灰色の灰』に修正の手を入れたいという父の無茶に協力しようとしているらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私個人的には大好きな木村榮一さんの翻訳で、流れるようなきれいな日本語なので一気に読めてしまう。なんか新しい空気感を持つスペイン語圏の小説。是非おすすめしたいです。
 サンティアゴ・パハーレスのデビュー作『螺旋』(訳:木村榮一)もいつか紹介したいし、二作目の『半身』が早く翻訳されないかなと期待しています。(本書『キャンバス』は三作目)