みんなde読書

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絵本と異文化との出会い—Barchetta Barquito/mArさん—

【みんなde読書】の執筆者紹介です。

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カナリア諸島、Lanzarote島の展望台からの風景

2月22日に店を開いたあと、口コミとTwitterでのほそぼそとした宣伝にも関わらず、本に関わる活動をなさっている方々が何名か来てくださいました。その中でもかなりはじめのころに来てくださったのが、Barchetta Barquito(バルケッタ・バルキート)のmAr*1さんでした。
鎌倉にお住まいのmArさんはスペイン語圏・イタリア語圏の絵本の読書会活動をなさっており、ちょうど読書会開催のために大阪に来てらっしゃっていて、奈良のならまちにある当店を訪れてくださいました。店長がそもそもラテンアメリカ好き、スペイン語好きということで話がはずみ、何か一緒に出来たらいいですねとお話して別れました。
そして、コロナ禍による休業要請のあいだに、何か読書会に代わるものができないかと考えた末に思いついたのが、【みんなde読書】企画でした。いろんな人に好きな本やオススメしたい本の記事を書いてもらおうという企画です。
そこでまっさきに思い出したのがmArさんのことでした。日本ではあまり知られていないイタリア語・スペイン語の絵本などについて語っていただきたいと思い、mArさんの絵本との出会い、イタリア語・スペイン語への思い入れ、Barchetta Barquitoの活動についてなどを語っていただくことになりました。

■そもそもBarchetta Barquitoってどんな意味なのでしょうか?

「《小舟》という意味のイタリア語とスペイン語の単語を組み合わせました。わたしはずっと海で育ってきました。子どものころからヨットをしていましたが、12年ほど前からウィンドサーフィンをしています。《Barchetta Barquito》という名前は海にも関係しているし、音もいいし、こぎだす舟というイメージもいいので、いつか店をやるならこの名前にしようと思っていました」

■小さなころから本がお好きだったのですか? どんな本がお好きだったのでしょうか?

「『エルマーのぼうけん』*2 が大好きだったんです。子どものころは、母に毎日読み聞かせをしてもらっていたのですが、ある日お客さんがいらっしゃって、読んでもらえなかった日がありました。わたしはどうしても続きが読みたくなって、先を読んでいい? と親に頼んで自分ひとりで読みはじめ、『エルマーのぼうけん』を読み終えました。それから自分で本を読みたいという気持ちが芽生え、『エルマーとりゅう』、『エルマーと16ぴきのりゅう』を買ってもらいました。それが小学校一年生ぐらいのときですね」

■イタリア語との出会いはどのような感じだったのでしょう?

「イタリア語の勉強を始めたのは、社会人になったころです。イタリアと日本の合弁会社に勤めていたので、イタリア語を勉強しはじめましたが、日本で習っていても話せるようにはならないと思って、仕事を辞めて一年イタリアに行きました。それまでは海ばかりで、町には興味がなく、ヨーロッパには行ったこともありませんでした。日本人にはフィレンツェが人気だというので、住むことも学校も決めて行ったのですが、あまり好きではなかったです。それからローマに移りました」

■スペイン語との出会いはどうでしたか?

「地元でウィンドサーフィンをやっていますが、まだ自分が強風で出られないときから、上手なウィンドサーフィン仲間の写真を撮っていたんです。それが楽しくて、世界のトップを撮ってみたいと思い、調べてみるとワールドカップがスペインのカナリア諸島*3で行われていることを知りました。じゃあ、行ってみよう! と思って、毎年夏に1ヶ月カナリア諸島 へ行って、大会の写真を撮るようになりました。昨年までで7年通いました。そのためにスペイン語をはじめたんです。でもどうしてもイタリア語なまりだと言われてしまうんですよね。イタリア語とスペイン語は似ているんですが、似ているからこそ混乱することもあります。特に動詞の変化!(笑) でも日本語話者には、絶対に英語より親しみやすい言語ですよね」

■スペイン語での読書はどんなふうにするんですか?

「勉強をはじめると、スペインやラテンアメリカについて何も知らないことに気付きました。その単語が地名なのか、人名なのかもわからない。イタリア語の場合はある程度歴史も知っていましたが、スペイン語の場合は本当に何も知らなくて、言葉の勉強だけしていては追いつかないと思い、とにかく日本語で本をたくさん読むことにしました。図書館の本を端からずーっと、という感じで読んでいきました。苦手なテーマのものは省きましたけどね。本のあとがきにはいろんな情報が詰まっていて、それがとても参考になりました。続けて読むべき本を知ったり、翻訳者さんがスペインで何回も足を運んだという本屋さんのことなどを知ったりしました。ある日、その本屋をネットで調べていると、あるスペイン人のブログでその本屋の名前を見つけ、コメントを入れたら返信をもらいました。なんと作家さんだったんです(笑)。日本語の読みやすさと、あとがきの情報がとても気に入って、一時期は翻訳者で本を選んで読んでいました。木村榮一*4 さんや杉山晃*5さんの訳が好きで、ほとんど読んだと思います」

■そこから「絵本」にたどりついたのはどんな経緯だったんでしょうか?

「大好きだった『エルマーのぼうけん』シリーズなんですが、引っ越しなどで手放してしまっていたんです。有名な本なので入手すること自体はやろうと思えばすぐにできたんだと思いますが、なんとなく今じゃなくていいと買わずにいたんです。ですが、あるとき、よく行くスキー場の子どもスペースに設置された図書コーナーに、『エルマーのぼうけん』シリーズが置いてあったんです。そこで見てみたら、2巻目の『エルマーとりゅう』の冒頭の地図が、カナリア島の絵だったんです。びっくりしました。わたしがカナリア諸島に行きはじめて3年目で、どうしてスキー場でこんな再会!? って。完全にではないけど、カナリア諸島がモデルになっているんだと思うんです。日本人にはあまりなじみのないところかもしれませんが、ヨーロッパの人にとって、カナリア諸島は日本でいうハワイというか、とても有名な観光地なんです」

■運命の再会ですね。

「そうですね。本当にこれはうわーと興奮しました。横須賀に『うみべのえほんや ツバメ号』*6という素敵な絵本専門店があるのですが、そこへ行くたびに『エルマーのぼうけん』シリーズを、一冊ずつ買ってそろえました。このお店を知ったのは、2017年から毎年横須賀の津久井浜でウィンドサーフィンのワールドカップが行われている*7んです が、それを見に行くときに偶然見つけた海のそばのすごく素敵な絵本屋さんなんです。何度も行くうちに仲良くなって、併設しているカフェのかべギャラリーで、《『エルマーのぼうけん』シリーズ カナリア島ってほんとにあるの?》と題してカナリア諸島の写真展をさせていただきました」

■どうして「本」じゃなくて、「絵本」なのでしょうか?

「ひとつの言語を学ぶことはそのバックグラウンドを知ることだと思っています。わたしはずっと本を読むのが好きで、原書を読んだり、日本語訳の本を読んだりします。いつも本と一緒で、情報収集のために読みますし、知らない人名や地名などもそうやって知っていくのはとても楽しいと思っています。語学を学ぶのは楽しいですが、残念なのは、何年も勉強している語学教室のクラスメイトが本を読もうとしないことでした。言語を学べば、世界は広がっていくし、特にスペイン語は話者が多いので、行ける土地も広がります。せっかく習っているのに、もったいないなあと思ってしまって。もちろん旅行も楽しいですが、自分のペースで他の国を知ることができる読書もとても楽しいのに……。なので、本じゃなくても、絵本なら読んでくれるかなと思ったんです。読む楽しみが伝えられたらうれしいなと思って」

■mArさんの中ではいろいろな事がつながっている感じがしますね。

「つながったらすごくうれしいですね。イタリア語やスペイン語の友達のあいだで、なにかしたいね、と話していたけれども、何もできなくて、その思いは消えていくんですが、また同じ思いが復活してきて……ということを何回も繰り返しています。この何かのつながりがうまく形になったらうれしいですね」

■たとえばどんな絵本に出会いましたか?

「これは『ペドロの作文』*8という本ですが、チリの軍事政権下で、学校で子どもたちに家での夜の過ごし方について作文を書かせるという話が出てきます。つまりはそういう風に子どもたちに書かせて、大人たちの様子を調べ、反体制派の親を摘発するためなんです。そういう緊迫した社会情勢がうかがえます。こちらの本『¿Helado de papas?』*9は日本人の作者さんが、ペルーに行かれてその日常風景を描かれたもので、アルパカと暮らす男の子の一家の話です。絵本でだとわたしたちの知らない日常を理解する助けになってくれます。また、『くろはおうさま』*10というメキシコの本では、訳文と一緒に点字もついています。こんな感じで、いろんな本を読むことで、各国の歴史や文化、バックボーンを知ることができます。大人が楽しめる絵本はたくさんありますね」

■イタリア語やスペイン語のよいところはどんなところでしょうか?

「イタリア語やスペイン語は日本人にとって、とても発音しやすい言葉です。日本人があまり発音に苦労せずにコミュニケーションがとれる楽しみが味わえる外国語です。『外国語といえば英語』という風潮を変えられないかと思っています。言語を学ぶことで歴史や文化に触れられることは子どもにとっても大人にとっても、とても楽しいことだと思います」

■これまで、そしてこれから。どのような活動をされる予定ですか?

「昨年あることがきっかけで、本を介したつながりというのが《あり》なんだと知りました。それまで読書ってとても個人的なものでしかないと思っていたんです。それでわたしも何かできないかと思って、今年の1月と2月に日本語の訳が出版されている絵本を原書と併せて読み聞かせする読書会を行いました。いずれは本屋さん、特に絵本を取り扱った店をやりたいと思うようになりました。でも、それがコロナでちょっと行き詰まってしまって、店舗を持っての営業はできないかなと現在は考えています。イタリア語・スペイン語の書籍を販売しているお店は、チェルビアット*11さんやミランフ洋書店*12さんなどをはじめいくつかあるのですが、わたしの場合は、お店を持つというよりは、こういう本があるよ、こういう本もあるよ、というのを人に広めたいという気持ちが強いので、今後の活動はそういう感じになるのではないかと思います」

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風を待ちながら(ウィンドサーフィン・ワールドカップの一風景)

お話、どうもありがとうございます。
海、イタリア語、スペイン語、そして絵本。mArさんの活動はそういったことが渾然一体となっていて、とても興味深いです。これからどのような本を紹介してくださるのでしょう。ワクワクします。
また、mArさんの活動に、弊店や【みんなde読書】が何かの一助になれればいいなと思います。
これからどうぞよろしくお願いします。
【注:すべての写真の著作権はmArさんに帰属します】
twitterID:@BarchettaB

作中に登場した絵本はこちら

Helado de papas?/ Ice Cream of potatoes?

Helado de papas?/ Ice Cream of potatoes?

くろは おうさま

くろは おうさま

*1:mar:読み方は「マル」。スペイン語で「海」の意味

*2:ルース・スタイルス・ガネット/ルース・クリスマン・ガネット『エルマーのぼうけん』福音館書店/1963 『エルマーとりゅう』『エルマーと16ぴきのりゅう』からなる三部作

*3:アフリカ大陸沿岸に近い大西洋にあるスペイン領の群島。カナリア諸島・カナリアス諸島とも

*4:木村榮一:スペイン・ラテンアメリカ文学研究者・翻訳家

*5:杉山晃:ラテンアメリカ文学研究者・翻訳家

*6:「うみべのえほんや ツバメ号」( http://www.umibenoehonya.com/

*7:2020年は中止

*8:アントニオ・スカルメタ/アルフォンソ・ルアーノ『ペドロの作文(原題:La composición)』アリス館/2004

*9:Satomi Ichikawa,”¿Helado de papas?”Corimbo社/2009(邦訳なし)

*10:メネナ・コティン/ロサナ・ファリア 『くろはおうさま(原題:El libro negro de los colores)』サウザンブックス社/2019

*11:「チェルビアット絵本店」:(https://italiaehon.thebase.in/

*12:「ミランフ洋書店」:(https://www.miranfu.com/ )