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『カモメに飛ぶことを教えた猫』ルイス・セプルペダ

 私は、この本にはとても思い入れがある。初めてこの小説に出合ったのは10年以上も前、イタリア語版だった。一緒に勉強していた友人が旅行に行った際に買ってきてくれたもので、イタリアで大ベストセラーになったことをきっかけに世界中で人気になった本らしい。その後日本語版があることを知り購入。授業で取り入れてもらって、勉強した。原文はスペイン語だとのことで、その数年後にスペイン語の勉強を始めた時にもすぐに購入した。

 物語の始まりで、気持ちよさそうに空を飛ぶカモメの眼下に広がる景色が魅力的で、とても印象に残った。このカモメの群れはオランダの北方、北海から出発し、フリージア諸島からのカモメ群れと合流し、ドーバー海峡を通り、フランスのセーヌ湾とサン・マロ湾の一団と一緒になって大西洋に出て、スペイン北部のビスケー湾まで南下する。さらにベル島、オレロン島、マチチャコ岬、アホ岬、ペニャス岬から飛んできたカモメたちと合流。海と風の掟に従うすべてのカモメがビスケー湾上空に集合し、カモメの集いが開幕する。はるかカナリア諸島やベルデ岬まで遠征することもあるという、疲れを知らないペニャス岬のカモメたちの報告はとりわけおもしろいのだそうだ。
 読みながらその湾や岬、諸島はどこにあるのだろうと地図を広げて楽しんだ。 読んでいる私もすっかりカモメと一緒に上空を飛んでいるかのような気分になれる。
 カナリア諸島・・・この本に出合って数年後に私がスペイン語を始めるモチベーションとなった島々。毎年写真を撮りに7年通うことになるなんてその時は思いもしないでこの本を楽しんだ。

 その後、このカモメは海に潜ってニシンをとっているときに、人間がタンカーのタンク掃除のためにの流した原油〈黒い死の波〉につかまってしまう。一緒にいた仲間たちは、仲間の死に居合わせることを禁じているカモメの掟に従って飛んで行ってしまった。自然界の過酷な現実と人間の身勝手な行いが描かれている。作者は環境活動家としての一面も持つルイス・セプルベダ(Luis Sepúlveda)。こんなかわいらしいお話の中に、こういった内容をそれとなく、でもしっかりと盛り込んでいることがさすがだ。素晴らしいと思う。(ちなみに、セプルベダは、チリ出身の作家でスペインへ亡命して、まさにこの舞台のスペイン北部のアストゥリアスに住み多くの活動をしていたが、今回の新型コロナウィルスでこの4月に亡くなってしまった。)

 話をこの小説に戻すと、このカモメは力を振り絞りなんとか飛び立つことに成功したが、陸が見えたところで墜落してしまう。しかし運よく猫のゾルバの目の前に墜落したのだ。 この物語の主人公である。
 そこで、このカモメは親切な猫のゾルバをみこんで3つの約束をさせる。
「わたしが産む卵を食べないと、約束してください」
「約束する。卵は食べない」
「そしてひなが生まれるまで、その卵の面倒を見てください」
「約束する。 ひなが 生まれるまで、その卵の面倒を見る」
「最後に、ひなに飛ぶことを教えてやると、約束してください」
何だって、飛ぶことを教える?……
「約束する。そのひなに飛ぶことを教えてやる。さあ、もう休むんだ。ぼくは助けをよんでくるから」

こうして、ゾルバは仲間と試行錯誤しながら、猫がカモメに飛ぶことを教えるという難問に立ち向かうのです。ゾルバが相談を持ちかける仲間たちもまた非常に魅力にあふれている。〈大佐〉と呼ばれるちょっとまぬけな、でも頼れる存在の猫。〈博士〉という物知りな、百科事典をも読む猫。控えめな〈秘書〉の言葉はなかなか的を得ていて実は最も頼りになったりする。さらに何かと邪魔するチンパンジーのマチアス。町の悪者の猫たちやねずみたちとの対決もあり賑やかな物語だ。
 カモメの産んだ卵を温めたオス猫ゾルバを、生まれたひなは「ママ!」と呼んで慕っている。何としてもこの子を守り抜こうと決心するゾルバとその仲間たち。
 さあ、ゾルバたち猫がカモメに飛ぶことを教えるために、いかにして行動するのでしょうか?
絶体絶命の状態から希望の光を見つけ出すこと、命をつなぐということ、仲間たちの協力、そして背景にある人間の存在は悪ばかりではないということ、そして何より背景や種族の違いは全く置いといて、純粋に一直線に目的に向かって知恵を出しあい、時には邪魔するものがいる中で、成功をみんなでかみしめたときの感動はこの上ないものだと、セプルベダのおはなしは伝えてくれていると思います。
私にとって、忘れることのできないとても大切な作品です。