みんなde読書

慶河堂の読書感想ブログプロジェクト【みんなde読書】のサイトです。

『光草 ストラリスコ』ロベルト・ピウミーニ/訳:長野 徹

今回紹介する本も児童文学作品ではあるけれど、私自身も何度も読んでいるお気に入りの小説で、とても想像力をかき立てられる物語なのです。文中、現代では不適切な表現が出てくるところがあり、紹介するのを迷っていたのですが、この小説が書かれたのは1987年であることをふまえ、そこはひとまず取り上げないこととして、それでも美しい映像を想像させる小説なのでおすすめしたい1冊です。


 トルコのマラティアという町に、すばらしい風景画を描くサクマットという画家がいました。彼の風景画はまるで本当に触れたり、においをかいだり出来る実在の場所のように思えるほどでした。
 ある日、ナクトゥマールという地を治める太守ガヌアンの使いがやってきて、ある仕事を頼みたいから北の谷にある館まで来てほしいというのです。北の谷は、荒れ果てた寂しい土地と噂には聞いていたのですが、その使者の丁寧な説得に応じたサクマットは早速その館に向かいました。
 太守ガヌアンの依頼は、病気で家から出ることも出来ず、日の光に当たることすら出来ない息子のために、壁一面に絵を描いてほしいというものでした。息子マドゥレールの病状は不可思議で、ガヌアンはトルコ中の医者という医者を館に呼び息子を診せましたが、治療の術はなく、ただ館の奥の安全でわずかな光しか入らない部屋で、湿らせたガーゼを何重にもして息をし、直射日光はさけて暮らすしかないという状態でした。
 マドゥレールはもうすぐ11歳。そのような困難な状況ではあったけれど、打ちひしがれていることもなく、明るい性格の持ち主でした。むしろ饒舌なほどよくしゃべるのです。たくさんの本を読んで、世界中の素晴らしいものを見てきたといいます。サクマットはマドゥレールの頭の中にあるたくさんのイメージをうまくつないで絵にしていくのですが、ひとつの絵から別の絵へと移り変わっていくように、風景や出来事を3部屋続きの空間いっぱいにどんどん描いていくのです。

 ふたりで壁画の絵の構想を練り、まず山とそのふもとの村が描かれました。そこには羊飼いが棲んでいます。名前はムクトル。小さな小屋があり、茶色の山羊の群れがいて、足の悪い犬もいます。絵には物語が描かれるのです。
 丘の先には、水平線。広い広い海が描かれていきました。マドゥレールがふと、壁に黒い点があるのを見つけました。それはもしかしたら、絵の中の海の上の点なのでしょうか? しばらくその点を見ていると想像が膨らみ、もしかしたら船? どんどんこっちにやってくる! 船、イヤ海賊船だ!! そのティグレス号に乗っている乗組員たちのバックグラウンドまでもが設定されていきます。
 それからまた、森や草原も描いていきます。そこでマドゥレールも絵筆を持って描いてみることにしました。麦の穂を描いたようですが、それは光草(ストラリスコ)だというのです。ストラリスコ? 聞いたことないな? サクマットは不思議がります。そう、マドゥレールは想像力が素晴らしくて、言葉をも作り出し植物の名前にしてしまうのです。

 こうして2年近くもの歳月を費やし、ふたりが生み出し続けてきた風景は、時とともに変化をします。その絵は描き足されていくと言うより、季節や、年月を経て、またマドゥレールの心の変化にも併せて、成長したり、衰退したりという「時」が描かれた壁画なのです。

 物語には、ふたりが一緒に壁画を描き続けていく描写以外の場面は、わずかしかなくて、やや現実感に乏しいかもしれません。けれども、それがかえって、読者も壁画を完成させるまでの工程だけに集中でき、絵のイメージが膨らんでくるのではないでしょうか?
 
 とても想像力をかき立てるお話で、読んだ人それぞれが頭の中にどんな壁画を描いているのだろうと、そんなことにも興味を抱きます。


 作者ロベルト・ピウミーニは1947年生まれ。中学・高校の教師をし、舞台俳優をした後、作家となりました。児童文学をはじめとして、とてもとても多くの小説を書き、さらに大人向けの小説も数多く出版している非常に多作なイタリアの作家です。小説、短篇、詩にとどまらず、多くの音楽家とのコラボレーションをし、アニメーションや短編映画のシナリオを書き、さらには英語からの翻訳も手がけるという非常に精力的な活動を続けています。またそれらの作品は数々の賞をも受賞し、いくつもの言語に翻訳されています。日本でも絵本・児童文学を中心に多くの翻訳が出ています。