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『夢見る人』パム・ムニョス・ライアン/絵:ピーター・シス/訳:原田 勝

 ラテンアメリカの文化を伝えるすぐれた児童書に贈られるプーラ・ベルプレ賞を受賞(2011年)した本作品は、メキシコ系アメリカ人パム・ムニョス・ライアンによる小説で、南米チリの国民的詩人パブロ・ネルーダの幼少期からそのペンネームを名乗って詩を発表するようになるまでが描かれています。完全な伝記ではなく、数々のエピソードやネルーダ本人の詩を基に創作されていて、何と言っても目を引くのが、原書(英語)と同じく横書きで書かれていて、しかも初めから終わりまで緑の字と絵でかかれているのです。それはパブロ・ネルーダ本人が、緑色のインクで書くことを好んだことから、それに倣って書いたそうです。またピーター・シスの魅力的な挿画が本作をより引き立てていて、非常に印象的な本となっています。原書の英語からの翻訳は数ヶ国で出版されていて、当然、ネルーダの言語であるスペイン語もあります。どの言語版も緑の字、ピーター・シスのイラスト、本の大きさなど全く同じスタイルで出版されているようです。(挿画には一部にデザイン文字があって、漢字やひらがな・カタカナがデザイン化されています。その単語は各国語版も同じようにデザイン文字になっているようで、すべての言語版を比べてみたくなるような素敵なデザインです)


 1971年にノーベル文学賞を受賞した世界的な詩人であるパブロ・ネルーダですが、日本ではそんなに広く知られた名前ではないかもしれません。1994年のイタリア映画「イル・ポスティーノ」に出てくるあの詩人といった方がわかる方も多いくらいでしょうか。日本でも流行ったあの映画は、チリ人作家アントニオ・スカルメタによるスペイン語小説が原作です。映画に描かれていたのは晩年のネルーダ。既に詩人としての名声もあり、外交官だったネルーダが政治的背景から亡命し、その時滞在していたイタリア カプリ島での郵便配達人マリオとの交流を描いたものでした。


 一方、『夢見る人』は、後にパブロ・ネルーダとなる少年、ネフタリ・レジェスの物語です。ネフタリは痩せて体が弱く、小さいころから空想して物語を作り上げるのがとても上手でした。どんな小さなこともすぐに物語となって頭の中に生き生きと描かれるのです。でも、そんな才能を父親は全く認めてくれないどころか、嫌悪していました。兄には歌の才能があり学校の先生も音楽学校に推薦しているほどでしたが、父親はそれも全く認めませんでした。自分は労働者暮らしで苦労して、そしてやっと安定した生活を送れる現在があるのだと、息子たちには勉強することと丈夫な体を作ることだけを強いていました。息子たちを医者か歯医者、せめて実業家にさせることしか考えていませんでした。実母は既に亡くなっていて、ママードレと呼んでいた父親の後妻が母親でしたが子どもたちとはとてもいい関係で、妹のラウリータとともにいつもネフタリの味方でした。とは言っても、夫の意見を変えさせるほどには強くはなく、それは20世紀初頭のチリでは難しかったのでしょう。そして、一緒に暮らしていたママードレの弟オルランドおじさんは、町で小さな新聞社を経営し記事を書いていたので、ネフタリにはとても大きな影響をあたえました。
 
 それでも、ネフタリは父親を愛したいという気持ちは常に持っていました。森に連れて行って自然と触れさせてくれることもありしました。でも父親からすると役に立たないガラクタばかりを集めていると言って怒られます。夏休みには海に連れて行ってくれました。でも体を鍛えることが目的で、嫌がるネフタリとラウリータに無理矢理泳ぐように強いりました。

 夏の家族旅行中に、父から逃げるようにひとりで少し遠くの町まで行くと、いくつかの出会いがありました。一軒家の図書館、司書のアウグストさん、素敵な隠れ家、そして2羽のハクチョウたち。こうしてネフタリは、父に従順であることよりも自分の好きな事を大切にしたい気持ちがはっきりとしてきます。

 作りかけの階段の上には いったい、どんな不思議の国があるの?

 どっちがするどい? 夢をたちきる斧? それとも、新たな夢への道をひらく大鎌?

 黒く光る強がりの鎧の下には いったいなにがあるの?

 空を飛ぶ術を習う者たちの耳に ワシはどんな知恵をささやく?

 どこよりも広い世界で、どんな船より小さい船を待ちかまえているのは いったいどんな冒険?

 ネルーダはあらゆることを問いかけています。この本の作者であるパム・ムニョス・ライアンはネルーダの問いの精神には伝染性があると気づき、いくつもの詩を織り込んで書き上げました。そして「読者の皆さんも、自分自身のさまよう思いの中にこもり、これらの問いの答えを想像してもらえれば幸いです。」とあとがきに記しています。

 現代を生きる誰にとっても、あらゆるものへの問いの精神を忘れないで生きることは改めて、非常に大切だと気づかされます。そして、常に答えを一つだけに絞るという考え方も大きく変わってきています。私たちはさまざまな情報、さまざまな環境、さまざまな視点や意見、ほんとに多くの“さまざま”と共にこの地球上で暮らし、多様なことこそが豊かな生き方であることにすでに気づいています。児童書として出版されている本書ですが、多くの若者にはもちろん、大人にも立ち止まって考えることの大事さと面白さを掲げてくれているような気がします。新たな発見、新たな模索、新たな道しるべとなることでしょう。

スペイン語版はこちら(英語版"The Dreamer"も出ております)