物語は細切れの記憶のように過去の出来事を述べ、彼らの関係を伝える。過去、ミリアとエルンストが入所していたゲオルグ・ローゼンベルグ精神病院でいったい何が起こったのか。謎が物語をぐいぐいとひっぱり、最後まで息をつかせない展開が怒濤のように押し寄せる。
作者のゴンサロ・M・タヴァレスはポルトガルの作家。この書『エルサレム(Jerusalem)』でレール賞、ジョゼ・サラマーゴ文学賞、ポルトガル・テレコム賞(現オセアノス賞)とポルトガル語圏の重要な文学賞を次々に受賞した。世界50ヶ国で翻訳されており、21世紀のポルトガル文学界にとって重要な作家のひとりである。
タヴァレスは自分の作品をノートと呼び、それは「王国」「町」「都市」などと名付けられたたくさんのテーマで紐付けられているらしい。現在は鬼籍に入ったノーベル文学賞受賞者のジョゼ・サラマーゴは「たった35歳でこんなすごい小説を書くなんてずるいじゃないか。叩いてやりたくなる」と文学賞授与のセレモニーで言ったのだそうだ。タヴァレスはたくさんの著作を書き続けており、日本での翻訳も今後進むだろうと思われる。
ラテンアメリカ文学に漠然と興味は持っていても、あまり現代ポルトガル作家の本を読んだことがないなと反省して、書店で見つけてすぐに買った。それから喫茶店で2時間を待たずに読み終えてしまったのは、この作品がもつ力のせいである。入り乱れる人間関係と、かれらが彷徨う現在と過去の因縁が謎として物語を牽引する。精神病院で何が起こったのか、恐怖と不安が支配する暴力的な世界がどのように人に作用するのか、そしてかれらの人生はどこへ向かうのか。
どうしてもねむれない夜明け前に、朝を待つ焦燥感を感じたことのない人はいないだろう。その暗闇の中で、かれらはもがき、生を求める。ミリアが死に至る激痛を感じながら、空腹という生へと向かう欲望を感じたときの喜びが鮮やかである。
ポルトガル作家の作品で、町の場所は明確にされてはいないが、舞台はおそらくドイツかその周辺の町を思い起こさせる。暗闇の中で佇む教会の姿が眼に浮かんでくるようだ。今後も気になる作家だ。