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『山のパンセ』串田孫一

新選 山のパンセ (岩波文庫)

新選 山のパンセ (岩波文庫)

皆さんは移住を考えたことってありますか?
ささげ豆は奈良に住んでかれこれ8年になります。大好きな奈良なんですが、8年の間で一度だけ離島に移住を試みたことがあります。瀬戸内にある離島の「地域おこし協力隊」に応募したんですけど、最終面接で落ちちゃって、移住はかないませんでした。
今日は、かつて田舎に移住を考えていた人、これから移住をする人、漠然と移住に憧れている人にぜひ読んでもらいたい素敵なエッセーを紹介します。

それがこちら。串田孫一さんの『山のパンセ』。53ページからの「山村の秋」という6ページの短いエッセーです。
さてさて、このエッセー、串田さんが古い友達から葉書を受け取るところから始まります。友達は都会から田舎へ移住してもう3年になります。この葉書を受け取った時、串田さん、友人と移住先の山村の関係はわからないんだけど、「なんて贅沢なやつだ」と思います。そして、「まさか何というずるい奴だと思うわけにはいかなかった」って書いています。自分もかつて移住の憧れを抱いていたと言う串田さん。その山村と同じ場所に移住を果たした友人に対しての想いが「羨ましい」、なんです。でも、「まさか何というずるい奴だと思うわけにはいかなかった」、これってどういうことなんでしょう?
友人の葉書をきっかけに、串田さんは忘れかけていた旅先での山村の秋を思い出すことになります。串田さんは、山村で秋の風物詩を身体全体で感じながら、目的もないのんびりとした旅を楽しみながら、あたたかな村人との触れ合いを経験します。そして、特別に優しい光を降り注ぐ太陽に深く包まれ、そこに絵も言われぬ物語を感じます。その光は、一見なんの特徴もない平凡な村で、偶然山荘を通り過ぎた串田さんだけが偶然発見した宝物だったんです。その時村人たちは、その太陽の恵には気づかずに暮らしています。きっと当たり前にあるものだからですよね。自分の故郷も出てみて初めて、その良さに気づくことってありますし。
美しい風景の中でも、その景色が一番輝く最高の瞬間ってありますよね。串田さんのエッセーには「太陽は秋になると暫くの間、この村が好きで好きでたまらなくなると言った優しさが溢れたような光を注いでいる」と書かれています。そして自分はそんな特別な時間、村に身を置くことを、ほんの僅かな間だけ、許してもらえたのだ、と感じます。柔らかな太陽の光を浴び、移住の想いが胸を過ぎる串田さん。
でも、今自分が目にしているこの美しい風景は、古くて貧しい村や、日々の厳しい労働に勤しむ村人たちと太陽の光との過不足ない調和の中から生まれ出たものだったんです。
自分はあくまでも部外者、そんな自分がこの村に入り込むのは勿論、わずかな休息さえすることでもこの完璧な調和を乱してしまうんじゃないか、と考えたんですね。
——ここまでが、串田さんの記憶。そして友人はそんな村に今住んでいます。
串田さんが、冒頭で「何というずるい奴だと思うわけにはいかなかった」と書いていました。ずるいって言うのは、「村人たちが気づいてないこんな素敵な山村の価値を独り占めしやがって」と言うこと。でも、そこまで思うわけにはいかなかったんです。それは、友人と村人との関係については詳しく知らないから。
ささげ豆は、かつて移住を試みた離島に毎月通って、秋と言わず春夏秋冬の全ての季節の島の輝く瞬間を目にしました。島の一員としてでなく部外者として——。
そしていつか、島の美しさを醸し出す調和の中に自分自身も溶け込みたいな、と思っていました。
結局、移住はかなわず、今でも「移住」としてみたら、調和の外の部外者のまま。うまく移住できた人を妬んだりした時期もありました。
今はせめて関係人口としてうまく調和できたらいいな、と思っています。